古代オリエント世界について。受験やテスト対策など、世界史の学習に使える辞典です。

古代オリエントの世界

オリエント世界とは

 

オリエントとは、古代ローマ人が用いた名称で「太陽の昇る方向」という意味を表すラテン語。
ローマからみて東方の地を指している。
具体的には、メソポタミア・エジプト及び周辺地域が含まれる。

 

オリエントは大部分が乾燥地帯のため、長い間、羊や山羊を中心とする遊牧と乾地農業および、
オアシスでの小規模な灌漑農業が行われていた。
その後、ティグリス・ユーフラテス川ナイル川の流域で、季節的な氾濫を灌漑に利用する技術が発達。
穀物生産量が増加し、文明が生まれた。

 

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ティグリス・ユーフラテス川流域で最初にシュメール人が文明を築いた。
ただ、メソポタミアは平地地域が多く、周辺民族に度々侵入を許した。

 

一方、ナイル川の流域のエジプトは、周辺を海やナイル川の急流に囲まれており、
外敵の侵入を受けづらかったため、安定して文明が発展した。

 

オリエント世界では、主として、セム語系や、インド=ヨーロッパ系の民族が活動した。

 

シュメール人による文明建設

ティグリス・ユーフラテス川が定期的に氾濫するため、灌漑技術が発展し、農業生産力が高かった。
前40世紀頃から、ティグリス・ユーフラテス川流域では人口が増加、神殿を中心に大村落が多く建設され、銅・青銅器なども普及し、文字も発明された。

 

前30世紀頃には、食糧生産力向上の結果、余剰生産物が増加し、専門職に従事する者も現れた。具体的には、神官・戦士・職人・商人等。
流域に増加した大村落は都市に発展し、前2700年頃にシュメール人が多数の都市国家を建設した。
代表的な都市は、ウル・ウルク・ラガシュ。前25世紀頃のウル第1王朝時代に全盛期を迎えた。
各都市は侵入者に備えて城壁で周囲を囲い、中心にジッグラトのそびえる神殿を建設した。
各都市は、その神殿に祀られた神が支配すると考えられ、王が神権政治を行った。
しかし次第に王の軍事的役割が増大し、王の概念は世俗的になり、一部では王と神官の対立が起こった。

 

各都市は大規模な治水・灌漑により農業生産を高めて、交易によって必要物資を調達し、
様々な施設を建設して文明を高度に発達させた。

 

しかし都市間の戦争や、平坦な地形故周辺民族の侵入を許し、
やがて北方のアッカド人により征服されてしまう。

 

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アッカド人の侵入とアムル人のハンムラビ王による統治

アッカド人は、前24世紀のサルゴン1世のときにメソポタミア都市国家群の統一に成功。
その後も小アジア・アラビアまで勢力を拡大したが、異民族の侵入を許し滅亡した。

 

前3世紀には、ウル第3王朝の下、シュメール人勢力が復興したが、
その後アムル人が大量に侵入した。
アムル人は前19世紀に、古バビロニア王国(バビロン第一王朝・首都バビロン)を建設し、
前18世紀にハンムラビ王が全メソポタミアを統一。中央集権国家となった。
ハンムラビ王は、運河の工事を行ったほか、ハンムラビ法典を制定して、
多数の民族の統一支配を行った。

 

インド=ヨーロッパ語系民族の侵入

前2000年頃より、中央アジアや南ロシアから、インド=ヨーロッパ語系民族がオリエント地域に移動しはじめた。
彼らは当時オリエント世界には存在しなかった馬に戦車(チャリオット)を引かせ、先住民を征服していった。
この征服戦争にオリエント地域全体が巻き込まれ、古代オリエント世界全体が認識された。

 

チャリオット_世界史マスター辞典
戦車。チャリオット。

 

前19世頃には、小アジアのアナトリア高原に、ヒッタイト王国が建設された。
ヒッタイトは強大になり、前16世紀に古バビロニア王国を滅ぼした。
ヒッタイトは馬に加えて、鉄器を使用したことが、強さのポイントだった。
その後、南方に進出して、ミタンニ王国エジプトとも争った。
エジプト新王国のラメセス2世との戦いとなった、カデシュの戦いが代表的。
ヒッタイトは、前12世紀に民族大移動で別民族に滅ぼされるまで繁栄した。

 

ヒッタイトの他にも、古バビロニア王国滅亡後に侵入した同じくインド=ヨーロッパ語系民族のカッシート人は、バビロン第三王朝を建て、メソポタミアを400年支配した。
別派はフルリ人ミタンニ王国を建設。強大な勢力となった。

 

前回・次回の記事

古代オリエント世界の概要_世界史マスター辞典 エジプトの発展_世界史マスター辞典

 

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古代オリエントの世界記事一覧

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